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相手はしばらく黙つていた。だが、場所が高いのと、柵の中にいるためか、落ちついて答へた。
「君達は一体何者だ!」
浴場は石とセメントで築きあげた、地下牢のような感じの共同湯であった。その巌丈がんじょうな石の壁は豪雨のたびごとに汎濫する溪の水を支えとめるためで、その壁に刳くり抜かれた溪ぎわへの一つの出口がまた牢門そっくりなのであった。昼間その温泉に涵ひたりながら「牢門」のそとを眺めていると、明るい日光の下で白く白く高まっている瀬のたぎりが眼の高さに見えた。差し出ている楓かえでの枝が見えた。そのアーチ形の風景のなかを弾丸のように川烏かわうが飛び抜けた。
かうして、びつくりするほど冴えた、明い日がやつて来た。いや、それは昨日も一昨日もその前も、かういふ日がつゞいていた。だのに、やはり、今日又新しく特別にとび切りにやつて来たとその度に思はせるほどの快い日だつた。どこもかしこも透き通るやうで、はつきりし、乾いた空気がふはりと頬のあたりに触れ、どこからかつんとする気持のいゝ山の匂がやつて来た。
彼が感動したのは他でもない、決してつかまらない年月といふもののふしぎさ、その尨大な、とりとめもない曖昧さ、しかもなほ決して空虚ではない、いや空虚とその反対のものが一杯にまざり合ひ、犇ひしめき、微妙につながり合ひ、その或る時は軽快に、或る時は重々しく、何かはつきりしているかと思へば混乱し、――さういふ得体のしれない経過のせいだつたのである。
練吉はさつきから一人で喋つていた。
どういふ加減からか、それを云ふ時、相沢はぐつと又相手の顔をのぞきこんだ。それは何となくもつたい振つた、重々しい様子だつた。
冷笑するやうな「それは御苦労」と云ふ色が庄谷の眼に現はれたきりで、後は何とも云はない。恐らくそれが彼のふだんの表情であると思はれる、さつき手を額にかざして房一を眺めていたときと同じやうな、横柄な、何か固い糊づけしたやうなものが庄谷の顔にあつた。それは面を被つたみたいに庄谷の顔をくるんでいて、いや顔だけではない、庄谷そのものもすつかりその固いものの背後にかくれてしまつたやうに見えた。
「をかしいから笑つたのだ」
「わたくし儀ぎ、金がなければお前様まえさまとも夫婦になれず、お前様の腹の子の始末しまつも出来ず、うき世がいやになり候間そうろうあいだ、死んでしまいます。わたくしの死がいは「た」の字病院へ送り、(向うからとりに来てもらってもよろしく御座ござ候。)このけい約書とひきかえに二百円おもらい下され度たく、その金で「あ」の字の旦那だんな〔これはわたしの宿の主人です。〕のお金を使いこんだだけはまどう〔償つぐのう?〕ように頼み入り候。「あ」の字の旦那にはまことに、まことに面目めんぼくありません。のこりの金はみなお前様のものにして下され。一人旅うき世をあとに半之丞。〔これは辞世じせいでしょう。〕おまつどの。」
自動車が動き出した時、練吉は唇のはしをびりびりさせ、あの切れ目の顔に何かしら水をかけられたやうな表情になりながら、
「それあ、しかし、何だな、知吉さんも今まで不服だつたのをこらへていたんだな、何分かの理窟はあるわけだね」
一わたり済むと、練吉は最後にもう一度注意深く病人の顔をぢつと眺め、
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